認知症の疑いがあると、遺言を作成しても無効となってしまうのか
1 遺言者が認知症でも遺言が無効になる場合とならない場合がある
結論から申し上げますと、遺言を作成した時点において遺言者の方が認知症であったというだけでは、ただちにその遺言が無効になるというわけではありません。
遺言が有効となるためには、遺言作成時点において、遺言者の方に遺言能力があることが必要とされます。
遺言能力の有無は、認知症の度合い以外にも、いくつかの要素を総合的に考慮して判断されます。
以下、遺言能力の判断の仕方について説明します。
2 遺言能力の判断の仕方
まず、遺言能力については、民法で次のように定められています。
【参考条文】
(遺言能力)
第九百六十一条 十五歳に達した者は、遺言をすることができる。
第九百六十三条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
参考リンク:e-Gov法令検索(民法)
一般的には、認知症になられている方はご高齢であることが多いので、15歳以上ではあると考えられます。
そのため、民法第961条の問題になることはあまりなく、民法963条の要件を満たしているかが問題となることがほとんどであると考えられます。
認知症であった遺言者の方における遺言能力の判断基準を示した裁判例によれば、次のような要素を考慮して遺言能力を判断するとされています。
①遺言者の認知症の内容・程度
②遺言者が遺言を作成するに至った経緯
③遺言作成時の状況
④遺言の内容が単純であったか複雑であったか
認知症がある程度進行していたとしても、場面によって判断能力が高いときと低いときとがありますので、遺言能力を判断するうえでは、遺言作成時にどのような状態であったかが大切です。
仮に遺言者が成年被後見人になる(事理を弁識できる能力がない状態)程度の認知症を患われていたとしても、限られた条件の下では、遺言を作ることができる旨も民法に定められています。
【参考条文】
(成年被後見人の遺言)
第九百七十三条 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。
参考リンク:e-Gov法令検索(民法)
逆に言いますと、遺言者が遺言を作成した時点において、成年被後見相当といえる程度の認知症を患われていて、かつ民法973条の要件を満たしていない状況下で作成された遺言は無効になる可能性もあるといえます。
次に、例えば遺言の内容が、ずっと遺言者を介護していた人に財産を多く取得させるという内容であれば、判断能力がある状態で遺言が作成された可能性があると考えることができます。
逆に、遺言者を介護していた人がいたにもかかわらず、疎遠でほとんど交流のない親族に財産を取得させるという内容の遺言であった場合、判断能力がない状態で作られた遺言なのではないかという推測が働きます。
また、遺言の内容が、特定の人にすべての財産を取得させるというものや、前に作成した遺言を撤回するというような単純なものであった場合には、遺言者は遺言の内容を理解していたという方向に考えることができます。
一方、遺言者の認知症がある程度進んでいたのにも関わらず、遺言の内容が高度な金融資産や権利関係が複雑な不動産に関するもので、分割方法や分割割合の計算方法が詳細に記されているというような場合、このような遺言の内容を理解して作成する能力はなかったと考える余地があります。
3 遺言能力に疑義が生じないように遺言を作成しましょう
遺言は、その性質上ある程度ご高齢になられてから作成されることが多いです。
活動的なご年齢のうちは財産の内容や親族関係、人間関係等に変動が生じやすいため、ご高齢になられてから遺言を作成することが多いのはやむを得ないとも考えられます。
もっとも、認知能力が低下してから遺言を作成すると、相続開始後に相続人や受遺者が遺言能力を巡って争うことも考えられます。
そのため、可能であれば、認知能力が低下する前の段階で遺言を作成することをおすすめします。